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【母が急死して辛い】母に気づかされたとても大切なことを5つ紹介します。

生活に関すること
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こんにちはJONです。

 

お母さんが健在で生きてくれているあなた。

お母さんに心配ばかりかけていませんか?

ちゃんと親孝行できていますか?

 

お母さんが健在な時はなかなかと気づけないと思いますが、お母さんはこの世にたった1人しかいないかけがえのないとても大切な人です。

絶対に大事にしてくださいね。

お母さんはいつまでもずっといてくれる存在ではありません。

必ずいなくなってしまう時が来ます。

だから今のうちにお母さんを大切にしてください。

お母さんを少しでも喜ばせてあげてください。

頑張って親孝行して下さい。

 

と、ここで少しだけ私の話をさせていただきます。

 

私の母は今年の7月29日に急死しました。

本当に突然の出来事でした。

まさか母が亡くなるなんてこれっぽちも思っていませんでした。

それだけに計り知れないショックを味わいました。

 

そういうこともあってお母さんが健在でいるあなたには今のうちに親孝行して欲しいと思うわけです(;^ω^)

 

私は母と同居していたこともありいつもそっけない態度で母に接していました。

母の存在を軽視していたダメな息子でした。

母が亡くなって初めて、母の存在の重み、ありがたみ、そして偉大さに気づかされたんです。

※今更遅いですが、できれば生きている間に気づきたかったです。

 

あなたには絶対に私のようにな後悔はしてほしくないです。

ですのでそうならないためにも今からできる親孝行を全力でしてください。

 

ということで今回は、母を失って自責の念も感じている私から、母が亡くなったことで気づかされたとても大切なことを5つ紹介したいと思います。

 

是非、参考にして親孝行していってください。

 

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実は母が、こんなにも大切な存在だったと気づかされた。

先ほども言いましたが、私は母と同居していたこともあり、いつも母の存在が鬱陶しくてしょうがありませんでした。

 

ただ、ひとつだけ救いだったことがあります。

それは、なんだかんだ言っても同居を解消しなかったということです。

なぜだかそれだけはできませんでした。

今思えば、良かったなと思っています。

 

あと、私の母に対する態度は冷たいものでしたが、そんな私に対して、母はいつも私や私の家族を気遣い心配してくれていました。

わかってはいたんですけど、自分から素直に母に接していくということができなかったんです。

馬鹿な息子でした。

悔やんでも悔やみきれません。

 

母に対して、そんなそっけない態度の不器用な私でしたが、もうひとつだけ良かったなと思うことがありました。

それは、母が何か困っていることがあった時は、できるだけ動いてフォローするようにしていたということです。

※例えば、庭の草刈りとかです。

頼まれたときはめんどくさがりながらも、何とかやるようにしていました。

 

※こんなことしかできなかったのですが、こんなことでもやっておいてよかったなと今は思っています。

 

息子なんて、そんなものなのかもしれないのですが、私的にはもっと日ごろから話を聞いてあげるとか、こちらから声をかけてあげるとかしておけばよかったなと後悔しています。

 

あれだけ、鬱陶しかった母だったにもかかわらず、いざ亡くなってしまうと、本当にとても大切な存在であったのだと気づかされました。

 

母が、こんなにも偉大な人であったと気づかされた。

ある偉大な人が言っていました。

『亡くなられた故人にとって、家族は【遺族】ではなく【後継者】なのである』

ということを。

 

母が亡くなった時、姉弟と話し合い、負担を減らすためにも、通夜・葬儀は家族葬で執り行うということに決めました。

そして、亡くなって1日は自宅に帰ってきて、その翌日から通夜・葬儀という流れで執り行いました。

この時に、感じたのが、母が自宅に戻って来るや否や、たくさんの人が次から次へと自宅にお焼香をあげにきてくれたんです。

そして、通夜・葬儀も家族葬と伝えてあったにも関わらず、本当にたくさんの方々が来てくれたんです。

恐らく200~300人くらいは来ていただいたと思います。

 

その時に、皆さんが口にされていたのが、【お母さんには本当にお世話になった】といった感謝の言葉ばかりでした。

私は、驚きながら、母の陰ながらの人に対する献身的な人生の凄さを目の当たりにしました。

 

母は、こんなにも人に尽くしてきた人であったのだと深く尊敬の意を感じました。

 

自分は小さく弱い人間であったと気づかされた。

そんな母の偉大さを目の当たりにしながら、私は喪主でもありましたので、ただただ、来ていただいた皆さんに、まぶたを腫らしながらお礼をするしかできませんでした。

本当に、今まであんなにも軽視して冷たく接していた母がこんなにも偉大であったと実感させられたことに対し、自分は表面だけの人生で、こんなにも薄っぺらく、小さい生き方をしているんだと思うと、情けなくて、ただただ泣くしかできませんでした(;^ω^)

 

自分の人生を、少しでも母に近づけるよう、人に感謝される生き方をしていきたいと改めて決意した瞬間でした。

 

人は必ず死んでいなくなるんだと気づかされた。

日本は超高齢化社会に突入しています。

人生100年時代だなんて巷では言っています。

100年時代とは誰が言い出したのかわかりませんが・・・(;^ω^)

とはいえ、長く生きる人もいればそうでない人も沢山いたりします。

 

平均的な寿命は延びていますが、それはあくまでも統計的な話・数字的な話です。

数だけでひとり一人の人生というものを判断するような考えは危険です。

 

人は、数だけで判断するのではなく、一人ひとりの人生に置き換えてみなければいけません。

決して数字だけではかたずけられない現実があるものなんです。

人の人生というもはそれぞれとても素晴らしいその人にしか歩めないドラマがあるんです。

 

この一人ひとりの命の大切さというものを、日本は平和ボケしているせいか、なぜだか薄く感じさせてしまうような風潮があります。

そのせいか、死に対する危機意識がなくなってしまっています。

死を近くに感じないため、意識が低く、他人ごとになっているんです。

 

人に冷たい社会が出来上がってしまう構図を感じます。

 

ついこの間まで私もそんな感じの1人でした。

 

でも今は違います。

やっと人は死ぬんだと気づくことができました。

 

人生は、いかに人を大切にし、人に尽くしていくことができるかが、一番重要であったと気づかされた。

人生は長く生きることが目的ではなく、短命であっても、少しでも人のために生きていくことのほうが素晴らしいと私は思います。

逆にそうでなければ本当の幸せをつかむことはできないと思います。

どれだけ富や名声を築き、権力を手に入れたとしても、心が貧しければ、その人は不幸な人だと思います。

死というものは決して他人ごとではなく、もしかしたら今日・明日、亡くなってしまう可能性があるということをきちんと肝に銘じましょう。

そして、少しでも人の役に立つ、人に尽くしていける人生を送っていきましょう。

 

まとめ

 

いかがでしたでしょうか?

 

母は偉大な存在でした。

私や姉弟を生んでこの世に誕生させてくれました。

そして、何があろうといつも味方でいつも応援し支えてくれていました。

本当に素晴らしい存在でした。

今でも偉大な存在です!

感謝の想いしかありません。

 

 

私は、母を亡くした日からなんとなく時間が止まっているような変な感覚があります。

もうすぐ3ヶ月経ちますが、まだ正直立ち直れてはいないのかなと思います(;^ω^)

 

家族やみんなの前では普通に振舞っていますが、ふとした瞬間に、母のことを思い出すと胸が痛くなり、さみしい気持ちになってしまいます。

情けない奴です(;^ω^)

 

とは言いながらも、私も母のように、人からありがとうと言われるような人間に成長したいです。

そのために、しっかりと人生を歩んでいきたいと思います。

 

あなたも、今からでもお母さんを大切にしてください。

そして、お母さんのように、心が大きい人になってください。

応援しています。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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