スポンサーリンク

【心に響く偉人の言葉】志村けんの名言に学ぶ。

心に響く言葉・名言
スポンサーリンク

2020年3月現在、新型コロナウィルスが全世界に猛威を振るっています。

未だ解決先が見つかっていない中、犠牲者も増え続けています。

そんな中、志村けんも犠牲者となってしまいました。

訃報を聞いたとき、まさか嘘だろうと思いました。

本当に悲しかったです。

 

 

今回は改めて、大好きな志村けんが残してくれた名言に触れ、そして学んでいきたいと思います。

 

スポンサーリンク

志村けんの略歴

 

本名:志村康徳(しむらやすのり)

コメディアン、お笑いタレント、司会者、ザ・ドリフターズのメンバー

 

1968年、いかりや長介の家に直接押しかけ弟子入りを申し出た。

1974年、荒井注が脱退し正式にザ・ドリフターズのメンバーとなった。

 

ザ・ドリフターズの冠番組であった全員集合は志村けんが加入する前から人気番組で日本のお茶の間には欠かせない存在であった。

荒井注が脱退することになり、その後釜として当時無名であった志村けんをいかりや長介が大抜擢。見習いという立場からスタートした。

当初は客からも全く受けず苦しみもがいた。

そんな苦しみもがいていた時期のある楽屋での出来事で、志村けんが、たまたま自身の出身の地である東村山音頭を口ずさんだのをきっかけに、いかりや長介がそれを見逃さず、ネタにすることを決定した。

そして実際に志村けんに全員集合でやらせてみた。

すると大反響を得ることが出来た。

それにより、志村けんは一躍時の人になることが出来た。

そして全員集合は新たな出発を開始することとなった。

その後は次々と新しいネタを生み出していき、言うまでもなく全員集合はモンスター番組となっていった。

 

1985年に全員集合は終了となってしまうも、志村けんのお笑い芸人としての人気はその後も更に加速し、新たな番組を次々に生み出していった。

そしてそれも全て大人気となっていき、誰もが認める国民的なお笑い芸人の地位を築いた。

 

今もなお、たくさんの人に愛されて止まない存在となっている。

 

 

【国】日本(東京都東村山市)

【生】1950年2月20日

【没】2020年3月29日(享年70)

 

心に響く言葉、志村けんの名言

 

★僕はコントを考える時、自分が見たり聞いたりしたものから発想する。

 

★誰もが思いつきそうなことを、人より鼻の差ぐらい先を見越して、現実化すればいいんだ。鼻の差くらいがポイント。それ以上先でも、それ以下でもダメ。

 

★気取らないこと。とにかく飾らない。自分を大きく見せようとする段階で人は嘘をつくし、それはすぐに見破られるものですよ。

 

★マンネリで大いに結構。ほかの人はマンネリまでいかないじゃないですか。定番があるのは全然恥ずかしいことじゃない。ドリフも僕のバカ殿も変なおじさんも、必死でネタ作って、とことん何年もやり続けてきたわけだから。みんなマンネリの域まで達してみろって。

 

★非常識なことをするためには、まず常識を知らなきゃいけないんだよ。

 

★分かる人には、演者が馬鹿で無い事くらいわかる。むしろ利口ぶったり、文化人ぶったりするようになったら、芸人としておしまい。

 

★古今東西、いつの時代も、自分が楽しいと思わない仕事からよい結果は生まれない。

 

★オレはいつでも【個性は変人、常識は凡人】でいたいと思っている。

 

★何もしてない奴が【じゃあ、お前ちょっとやってみな】って言われることはあり得ない。ふだんから何かをやり続けているから、誰かの目にとまって声をかけられるんだ。

 

★ムダなことでもなんでも知ってた方がいい。知らないと損をすることはあっても、知ってて損をすることはないから。

 

★いろんな人たちを遊びの場で見てきた。思うのは、人生は不公平だってこと。若い時からずっと恵まれている人もいる。急上昇して急下降する人もいる。人生の後半にピークを迎える人もいる。ずっと恵まれない人もいる。人生というゲームの勝ち負けに一定の法則がないことは、これを見ても明らかだろう。ただし、ひとつ言えることがある。ずっと恵まれてみえる人はみな必ず努力していることだ。例外なくね。

 

★最初から全力でいかな奴は、その時点で先がない。

 

★マネして出来なきゃ、それは才能がない証拠。

 

★グループの笑いというのは、全員が仲がよくないとうまくいかない。

 

★コントは、1人きりでやる落語とはちょっと違う。ドリフみたいにグループでいつも一緒にいる関係ならいいけど、僕と田代と桑野なんかの場合、毎日一緒にいるわけじゃない。せいぜい週に2日。それで当時は一緒にコントをやり始めたばかりだとなると、やっぱり一緒に飲みに行ったりしてワーワーやってあうんの呼吸でコントをできるようにならないとダメだ。

 

★お笑いって基本的にあったかいものだとおもうんですよね。

 

★仕事を楽しくするためには、男にしても女にしても好きな人が近くにいた方がいい。だから僕は自分が好きな人を、まずゲストに呼んだり、レギュラーに加えたりする。

 

★なんの仕事にしてもそうだと思うけど、本当に嫌だったら辞めればいい。でも、辞めないってことは、自分が好きで選んだ道だということだし、やり遂げる責任を負うことになる。だから少々嫌なことやつらいことがあっても、それは自分が我慢すればいいことじゃないかな。

 

★みんなと同じだったら、一番楽だろう。不安もなくなる。でも、その代わり個性もないってことになる。あいつは変わってる、と言われるのは光栄なことだ。1回きりしかない人生なんだから、自分の好きなように、自分に正直に生きうようよ。

 

★やっぱり子供たちにバカだと思われているのはいい。お笑いをやってて、子供にまで【あれは芝居してるんだよ】なんて言われたら、みっともない。バカだと思われてるってことは、そう【見える】ってことだから、演じてる者にとっては一番うれしい誉め言葉だ。

 

★お笑いみたいなものでも、常識を知らないと本当のツボというものがわからない。常識は基本線で、お笑いはその常識という基本線をひっくり返すところで、コントとして成り立っている。だから、笑えるワケよ。お笑いに限らず、営業をバカにする奴に、常識を超えたことは絶対に出来ない。

 

まとめ

 

いかがでしたでしょうか ?

 

私は小学生の時、全員集合を毎週欠かさず見ていました。

私の中でのお笑いの原点は全てここにあります。

そしてそれはこれからも変わることはないです。

 

今までの私の人生を通しドリフや志村けんのコント以外にもそれなりに面白いコントもたくさん見てきてはいますが、どうしてもドリフや志村けんを超える芸人はいないなと感じています。

今の芸人の方々には大変申し訳ないです(;^ω^)

なんていうか、ドリフのコントは本当に癖がなく、どこにでもありそうな自然体のコントだからだと思います。

人を幸せにすることができるコントなんだと思います( ´∀` )

簡単そうで誰でもマネできるものではないんだと思います。

 

やっぱりお笑いは、人をただ単に笑わせるという事だけでなく、心の底から幸せにしてくれるものでなくてはダメなんです。

いかにも作った感があるようなものではダメなんです。

その芸人の人間の深さを感じられるものでなければダメなんです。

私だけかもしれませんが、最近は人を馬鹿にしたり陥れたりイジメたりしているような感じで笑いを取っているコントが多い気がします。

 

見ていて不快に感じる時もありますし、人として痛いものもあります(;^ω^)

ビッグな芸人でも人としてどうなんだと感じてしまう事もあります(;^ω^)

そんな感じのコントが多いです(;^ω^)

 

これは、志村けんが逝去されたから言っているわけではなく、私がずっと前から抱き続けてきた素直な想いです。

 

この先、ドリフや志村けんのようなコントをタイムリーに見せてくれる芸人が出てくるかどうかわかりませんが、できれば見たいものです( ´∀` )

 

とは言え私が生きている間では難しいのかなぁ・・・(;^ω^)

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました